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山名幼稚園 園長ブログ

2014年からリニューアルして静岡県袋井市にある山名幼稚園の園長ブログとなりました。園長の園外活動を織り交ぜながら、その時々で思うことをつづっています。。

子年を起点に運命が変わっていたという気づき

あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いします。


令和2年、2020年、今年は、子年(ねずみどし)です。子という字は、子どもの子。種子の子。十二支の始まりの年ですね。


唐突ですが、歳を経てきたからこそ、できることはなんでしょう。


それは、自分の人生や世の中の振り返りができることです。
若い人にはこれはできません。
あぁ、いよいよこの人も思い出話とか、年寄りくさい話をするようになったかと思うかもしれませんが、そうではありません。笑
基本、今を考えるための振り返りです。
だいたい10年周期で個人や世の中の転換期があるように感じますが、十二支の年周りで振り返りますと、自分の運命の流れと世の中の移り変わりがおもしろく見えてきました。


まず、12年前2008年の子年
それまで厨房仕事など内向きの用事をして暮らしていましたが、その年の周辺で始めたのは、こどもアート教室、水彩画教室やバトントワリング クラブといった文化活動の場を外に向かって立ち上げました。
ブログをやり出したのもこの頃です。
世の中では、2008年に、iPhoneがソフトバンクから発売され、この3年後一気にスマホ化につながり、パソコン使わなかった人もネットにつながるようになりましたね。


さらにさかのぼって、24年前1996年の子年
私は、この年に結婚しました。自営の広告デザイン業を辞め、結婚により、宗教家の家庭に入るという転職でもありました。
世の中では、前年のオウム事件や阪神淡路の震災などで終末感が漂う中、秋にWindows 95が発売され、パソコンが使いやすくなり、購入が一気に促進されたのが1996年でした。




さらに36年前1984年の子年
この年、私は美術の学びができる県立高校へ入学。
私の入学した高校は日本で初の個性を生かす教育を掲げた選択制の県立高校で1984年に創立されました。つまり第一期生です。
当時、画一化された教育に一石を投じ、賛否あったと思いますが、理系、文系、体育系、商業系、美術、音楽と学びたい方向が定まっていた子どもたちには待望の高校でした。
お陰さまで、ここから先10年、自分が体験したいこと、実現したいことは、ほぼできました。
私が覚えていることで、世の中では家庭用ビデオのシェア争いでBETAとVHSのどちらが勝つかなんていうのがありましたね。
結局VHS式ビデオが主流になり90年代までその流れが続き、DVDの発売1996年(やっぱり子年!)以降、ビデオテープが消滅していきました。


48年前1972年の子年
ここまでいくと私は覚えてるはずもない幼児期ですが、ひとつだけ。
前年秋にNHKがカラー化し、1972年カラー契約が一気に白黒契約を追い越し、カラーテレビの普及が広がった年だったようです。
世界がカラーで見えるようになった!って、大変革だったでしょうね。
ちなみに、仮面ライダーは1971年にスタートし、おそらくお茶の間で大ブレイクしたのは1972年の子年だったでしょう。
そこから、令和の時代の今までシリーズで続いているライダーはすごいですね。
1971年の流行語に「脱サラ」がありました。
翌年子年にサラリーマン生活を辞め、独立起業したした人が結構いたかもしれませんね。


このように見ていくと、子年は、乗り換える年、方向転換の年なのかもしれません。


あと、注目したい振り返りは、子年の前年と前々年。戌年と亥年。


戌(滅)は、草木が枯れ、新たな命につなぐ時期。亥(核)は、新たな芽吹きに備え、胎動と休憩の殻にこもる準備期間。といった時期のようです。


どうもこの2年間は、「滅」にあたるショックな出来事から、「核」にあたる休憩と次の転換への序章のような出来事があります。
たしかに転換する年の子年の前には、戌(滅)と亥(核)にあたることが私にもありました。


1994年戌年に、ごはんを食べなくても全然平気という時期が続き、仕事は順調で、頭はスッキリしているけど、食べなくても平気という状態は一体なんなのかと考え、これはこの先このままだと「食えなくなる」、つまり仕事の方向転換に迫られてるかもと思いついたのでした。


いろいろと画策していた矢先、大口の取引先だった某銀行の広告の仕事がグンと減ったのでした。
そこで拠点を変え、有限会社に変更とパソコンで仕事する時代が来るから準備のため1年休業しようと思いたったのが亥年。


あとでわかったことは、不良債権問題で銀行内は大変なことになっていたのでした。
その後、取引先の某銀行は、1998年に破綻。
前年には証券会社の倒産もありましたね。
休業中に、声をかけてきた今の主人と結婚し、全く違う世界に転職となりました。
見方によっては、沈む予定の船にしがみつかずに助かったとも言えるかもしれません。


長くなるので、他の年周りについてのエピソードは書きませんが、どの年周りも、子年の前2年間くらいは、ひっぺがされるような事があったり、強制終了的な事があったり、人間関係のチェンジが起きたり、生き方を変えることを迫られるようなことがありました。


子年の転換に乗れるのは、どうやら前年までの準備があってのこと。
例えば、受験のためにコツコツ勉強するから新しい学びのステージに上がれるわけで、子年だからいきなり何かをはじめて成功したり、行きたいところに行けるって話ではないようです。
戌年、亥年の決別や逆境に耐える時間や、地道な積み重ねがあって子年の転換にスッと乗れるってことだと思います。


今の私の立場から考えると、子どもの教育や環境にまつわることの取り組みの年に今年はなりそうです。
まさに子どもの子ですから。笑
昨年10月に保育無償化になり、私立幼稚園も風向きが変わりました。
子年の本年、本格的に公的資金を使って運営していく保育業界の動きが注目される年となると思います。
自園では、1年半ほど熟考してきたことを形にしてゆく年になると思います。
仮面ライダーのように変容しながら長く続く、楽しいコンテンツになればいいなあと思い描いています。


ネズミは沈む船を予知してとっとと逃げ出す勘の良さもあります。
人間はネズミではありませんが、その性質が何を伝えたいのかと言えば、沈むとわかっている船なら降りる、乗り換えるという選択もあるということだと思います。


なんとなく乗っている、今まで乗ってきたから沈むはずがない、みんなが乗ってるから降りるわけにはいかない、そういって考えることをしない。


また、愛着や思い出があって離れられないものや見捨てられないものが、人にはなにがしかあると思います。
そういうものがあることは、素敵なことでもあります。
ですが、そのことで見える世界が狭められ、人間の勘を閉ざす壁になる場合もあります。


信じて疑わなかったものが要らなくなったり、なくなったりすることもあります。


これがないと辛いと思ってきたものが、いとも容易く手放せることもあります。


私たちは、ネズミではありませんが、見えない世界とつながることで、より良い世界に導かれる信号を受け取れるのではないかと思います。


私も、昨年までの2年間に、所属していたコミュニティで、取り組んできたことの強制終了や、縁の薄くなった人間関係、愛着のあったものとの別れ(トドメは車が廃車~)など、戌年、亥年ぽさ満載でした。


子年を迎えた今年は、古くなってしまったことを手放したところに新しい創造的なものが生まれ、きっとおもしろいことが始まると思っています。


もし、過去2年くらいお辛い状況だった方は、今年は風向きの変わる年になるのではないでしょうか。もちろんどんな年も、良いことばかりではないと思いますが、ようやく一歩を踏み出せるような流れがあると思います。


皆様の参考になったかどうかわかりませんが、今年1年を有意義にお過ごしいただけますことを心よりお祈りいたします。


もろいりえ





















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12月エッセイの裏話「縁」の下の力持ち

2年間3ヶ月に一度書いてきましたこのエッセイも最終回となりました。お付き合いいただいた皆様ありがとうございました。
「しあわせデッサン」というシリーズタイトルを編集の方につけていただき、「しあわせ」を自分なりに切り取って書いたらよいかなとはじめは思いましたが、書いてみれば、ほとんど意識されていない文章ばかりだったように思います。
「しあわせデッサン」のデッサンの部分は、文章とともに添えられたカットで表現。文章よりもカットの方が後回しで時間がかかり、文章の方があっという間に書けていました。文章は、どこでも書けますからね。
さて、今回の最後のエッセイは、自らを顧みる内容になりました。
私は、「長」のつく立場に若い頃から縁があるようで、リーダー的な役回りを担うことが多かったのですが、同時に肩書に「長」がつく方との縁も数ありました。
私が知る「長」がつく人は、パワーが人一倍あり、遊びも手を抜かない勢いがあるエネルギッシュな人が多かったように思います。また、自分の意見を貫くので反感もかうことがありますが、言葉に責任をもってやり切る力も持ち合わせている人が多いですね。
どんなコミュニティにも長となる人がいるものです。家族では親が長、職場の社長、チームのリーダー。グループの班長。などなど
人によっては、長のつく人は、楽をしているように見えたり、偉そうに思われがちですが、常に行動規範を求められ、気の抜けない身の上ということもあります。中には、その立場を勘違いしている方もいるようで、横柄に振る舞ったり傍若ぶりを見せる方もいるようですが。
そんな長のつく人の本当の役割りは、どんなことでしょうか。
それは、人を従えることでも、人を支配することでもないということを伝えたくてこのエッセイを書きました。
人の縁の下でその人たちの能力を生かし、最大限に発揮させて本人たちも生きる喜びを味わうことができる、そんな姿が理想ではないだろうかと思ってきました。
私は、もともと一人仕事が好きな職人気質の強いところもありますので、人を従えることも支配することも最高に面倒くさいことであり、興味すらありませんが、長がつく立場は私にとって修行の場であったと思います。
一つの理想のもとに、長としてやってみれば数々の温度差や誤解や理解不能なことを起こしました。良かれと思って人を巻き込んでみれば、ただの迷惑でしかなかったことや、重荷を背負わせて負担を強いただけだったことなど、人と協同することの難しさを感じてきました。
「ちゃんと納得いくように説明してくれれば、みんな協力しますよ」とよく聞きます。ところが、何かことを起こす時、万人の理解を得ようと誠実に伝えれば、伝えるほど気持ちがすり減り、余計な一言も聞くことになり、気持ちが削がれ自分のモチベーションが下がることになることもあるという矛盾を常に抱えているのではないでしょうか。
本当にしんどい根気のいる立場だと思います。やはり、ある程度、同質の人たちと組んで仕事をしないと大きく前進したいときや改革的なことは難しいのでしょう。どんなコミュニティにも新しいことや変化を求めない人たちの方が多数いるものです。求められていないのに、動けば目障りなだけですから賛同されにくいのも当然です。
人の縁の下で、関わる人たちが生きる喜びを味わうことができるような働きがまだまだ私にはできません。もしかしたら、そんなことまで考えることがお節介ですね。笑
ただ、人の縁の下で私はとても楽しんでいます。だから自分の内側は、満たされています。
長のつく立場の人も、縁の下の力持ちと思ってつとめる人も、みな、人の縁を生かし、その下(もと)で自分も満足し喜ぶ道が開ければ、共々に楽しめる世界になるのではと思っています。
このエッセイを書き終えた頃、終わらせる縁がいくつかありました。きっと一つの区切りの時期であり、エッセイを書き続けたことは自分らしさを取り戻すための作業になりました。
同調性を求められる世界は、どうも私にはなじめず、この年まで心は常にはみ出してきました。文化系、アート系の人たちの特徴かもしれませんね。
ですが、時代の空気も変わってきて、はみ出しててもいいよって許してくれるようになってきていますよね。
子どもたちの絵のように、はみ出してたり、ゆがんでたり、それでもおもしろいじゃない!っていう世界にちょっとなってくれれば、私ももっと自分らしさを出せるようになるかもと小さく笑っています。
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